チチカカ湖の夜明けは美しい、と、出発前に集めていたネット情報もあって、なんと5時に早起きしてチチカカ湖畔へ行きました。残念ながら、湖面には雲がかかっていて、抜けるような朝日というわけにはいかなかったのですが、4000m近く(ガイドブックによると海抜3890m)の標高の湖に射す朝日が、湖面を照らし出していく様は、美しいものでした。
インディヘナの操る小型のボート 水面が美しかった
チチカカ湖は琵琶湖の12倍の面積があるそうなんで、湖の中には人が住んでいる島がいくつかあります。このような島は、外界との接触機会が少なく、ということは昔ながらの生活を営む人たちが住んでいて、それは観光客を引きつけるものがある、という訳なのです。世界的な観光スポットでもあり、チチカカ湖に浮かぶ島々をめぐるツアーは、たくさんの地元旅行社から出ており、わたしも前日の晩ツアーをに探してすぐ見つかりました。
イタリア人、イスラエル人、ドイツ人、アメリカ人、そのほかに中南米の国の人もいたようですが、多国籍な観光客10人余が、一つのボートで島に向かいます。
ガイドは例によってバイリンガルで、スペイン語グループ・英語グループの両者をいったり来たり、忙しそうです。
ウロス島はアシの葉で作られた浮島です。下の写真はウロス島に住むインディヘナのおばさんですが、地面に藁のようなものが見えますね。これ、アシの葉なのです。中央の広場を囲むように、同じくアシの葉で組み上げられた小屋が数件建ってまして、島の大きき差は15m四方ぐらいでしょうか。
住んでるインディヘナ達は全部で15人ぐらいいましたか。周りを湖に囲まれて、こんな小さな島にこぢんまりとした小屋を建てて、しかも島は浮いて不安定なものだし、すごい生活だと思いました。でも、太陽電池のパネルとかテレビアンテナも見られましたからそれなりに文明は浸食してるようですね。
引き続いて、タキーレ島に向かいました。こちらはちゃんとした島でして、私たちのボートが埠頭について、島の頂まで息を切らしながら急な坂道の石段を昇ると、かなりの高度でした。
例によってこの島独自の暮らし・文化があるそうで、詳しくは島の広場に面する博物館に、家具や織物などが展示されてました。なんと、日本の雑誌(おそらく文化人類学関連)もページが見開きで展示されていて、タキーレ島がついに観光客を迎えるようになったこと、それによる島民の生活の変化、島独自の文化の破壊、等々が日本語で説明されてました。年代が不明だったのですが、こんな風に観光客が来るようになったのは最近のようですね。
タキーレ島には、下の写真のようなプレインカ時代の遺跡もあちこちに散見されました。
島を歩き回ると、高低が激しいので息が切れます。タダでさえ空気が薄いのに、これは堪えました。ガイドはコカの葉を噛むと直るよ、といって葉をくれましたが、一生懸命噛んでたのに、息切れは直りませんでした。これって、単に体力が無いってことなんでしょうか。うーん、旅は体力、ですね。