麗江 四方街

>> Next  Previous Index Home

 玉龍雪山で雲南の自然を満喫した後は、町歩きです。

 麗江はナシ(納西)族の住む町でして、彼らの住む昔の住居がそのままの形で残っているのでした。

 観光の中心地は、旧市街の四方街と呼ばれるところです。敷き詰められた石畳とその両側に沿って続く古くからの木作りの家が美しく、家々の色彩は中国ということからか朱色なのですが、瓦屋根は何となく日本風を感じてしまいました。


旧市街の中心 四方街
 四方街からは、同じく石畳の道が南北に延びており、土産物屋、民芸品、食堂、といった観光客向けのお店が並んでいました。観光客が多いのでしょうが、民族衣装からわかるナシ族のおばさん達も沢山歩いており、どうも観光だけの街ではないようです。


ナシ族のおばさん


四方街のお土産屋
 四方街には、なかなか洒落たお店がたくさんありました。

 あちこちに、「××Cafe」という看板が下がっていて、コーヒーには不自由しませんでした。ま、味はそこそこでしたが。中には、「さくら」という名前で日本人旅行者を意識した店まであってメニューにはなんとカツ丼!があったりしました。

 このCafe「さくら」、四方街を流れる小川沿いにある店で眺めもいいので、ここで食事をとりました。なんと、店の中には沢山の日本の雑誌に混じって、私の愛読雑誌「旅行人」のバックナンバーが揃っておいてありまして、あれま、と感動しておりました。

 そしたら、私の食事中に若い日本人旅行者が入ってきて、おもむろに本棚から「旅行人」を取り出して読み耽っているではありませんか。

 ここ、雲南もかなりの日本人旅行者が来るところらしく、日本人旅行者の情報交換ノートが、Cafe「さくら」や他に入った2、3件のCafeにもおいてありました。

 この情報ノート、私は情報ノートというのは読んだことがなかったのですが、私が学生時代に某サークル(文系ね)で部室に置いてあった雑記帳みたいで(といってもわからないか>読者の方々)、若者達の心情吐露というか、若い文章が綴られており、私はこっちの方を読み耽ってしまいました。

 旅先では、日本の生活を離れると言ったこともあるのでしょうが、普段よりも気持ちがPureになってるのかもしれません。残念ながら、私は書き込みはしなかった(できなかった)のすが、そのうち、こんな情報ノートにがんがん書き込めるような旅をしてみたいと、ちょっとだけ、考えてしまいました。


芸術品(民芸品?)店
 Cafeの一つに、「 LAMU'S HOUSE OF TIBET 」というお店がありました。TIBETに惹かれて入ったのですが、メニューにはチベット料理が並んでおり、壁にはチベットへ向かう旅行者への情報・地図などがたくさん張り付けてありました。

 お店のご主人は女性で、私が麗江料理が食べたいというと(一応メニューにはある)、何故チベット料理を食べないの???、と食い下がられ、チベット料理を食べる羽目に、、、。

 そのチベット料理はどんなんだったか、ちょっと忘れてしまったのですが、追加で頼んだ麗江料理のハム(名物だそうです)を切って野菜と焼いたのはおいしかったです。

 チベットといえば、漢民族の侵略で今でも圧政下にあるということですが、そのことに対しては一般の中国人は何も言えないのでしょうね。雲南は少数民族が多数住むところで、ナシ族もその一つですが、漢民族の漢民族中心の政策は他の民族からすればいい気持ちがしないのは間違いないでしょう。

 ここら辺は、かなりナーバスな問題なのですが、いまのところ雲南の少数民族はそれ自体が観光の目玉として雲南省も取り上げており、しばらくは平和そうです。


物売りのおばさん(暇そうでした)


ナシ族伝統音楽の演奏
(そのうち音楽をWebに上げるつもりです)

 四方街には小川が流れていて、子供が遊んでいたり、橋があって柳がたなびいていたり、日本の倉敷とか柳川を思い出す風情があるのですが、ほんとに水が流れているって、心が和みますよね。

四方街の小川


ナシ族の住居(ほんとに住んでる)

 民族服を着た人たちは、ほとんどがお年寄りで、ま、これはどこに行っても同じですね。やっぱ若い人たちは洋服をきますもん。

民族服のナシ族お年寄り
 ナシ族は買い物かごを背中に担ぐのがスタイルのようで、買い物に来ていた女性達はみんなカゴを背中にしょってました。

 面白いなー、っと思ってあまり見続けると怒られるのですが、これってもしかしてすごく便利なのではないでしょうか。最近は日本では買い物カゴ自体をほとんど見なくなってしまいましたが、ここ麗江では健在のようです。


カゴに入ろうとする子供


>> Next  Previous Index Home