<5> ホイアン
まったくの田舎道だ。が、道の両側は椰子の木が続いたかと思うと突然開けて一面の田園風景になったりして、移り変わる風景に結構楽しめた。
ベトナムは基本的には農業国で年に3回、米がとれるそうだ。道ばたにあちこち藁が積んであって、その横を三角の笠 (ベトナムのトレードマークですね)をかぶった女の人が歩いている。たんぼの稲は日本のようには規則正しくなく、並び方はバラバラだ。でもちょっと見た風景は日本とそっくりで、たんぼに入って仕事をしている人を見ると、田舎のたんぼを思い出す。
道はいちおう舗装がしてあって、その舗装路を車はかなりのスピードで走り、予定通り約1時間で、ホイアンに着いた。タイのアユタヤは山田長政で有名な日本人町だが、ホイアンはこのベトナム版である。
タクシーを下りて、最初に中国スタイルの神社に入った。中国スタイルというのは建物が朱色を基本に色づけされているのだ。ま、よくある寺だった。(実はあんましお寺に興味ないんで、、)
町中をぶらつくと、平日の昼間だというのに男性たちが道ばたにテーブルを出してトランプなんかで遊んでる。日頃、日本で忙しく働いている身としては、「感激」しつつ、おまえら仕事しろよなぁ、なんてつまんないことを心でつぶやいていて。あとでしっかり自己嫌悪だったが。
ホイアンの街は、というより町は、本当に日本式の家が続く町並みをしていて、むかしの田舎の家のように観音開きの戸があって、木でできた格子の壁があって。時代劇に出てくる江戸時代の町を想像すると近いと思う。写真を撮りまくってしまった。
1時間ぐらい歩いて来遠橋 (LaiVienKieu マタハ CauNhatBan) と言う橋に着いた。この橋はホイアンの建物の中でもシンボル的なものだそうで、その昔、日本人が建てたそうだ。日本から遠く離れたこの町に住む日本人が、いかにも付けそうな名前である。橋自体は20歩ぐらいで渡れるようなものだが、天井が付いていて、中央に突き出た部屋があり、そこに日本との関係を示す資料とかを展示していた。日本人による「ホイアンの町並みを保存する会(?のような名前の会)」が、日本人向けの案内書を作っていて、ここで売っていた。もう少しベトナムがブームになったらこの町にも日本人が押し掛けるのだろうか。
町並みは日本そっくりといっても、気候は四季なんて無く一年中真夏の中に住んでいた人たちはどんなことを思って暮らしてたんだろ、なんてことを古の日本人町を歩きながら考えた。ただ、かつてここに暮らしていた日本人たちは、日本の帝の命令である日一斉に日本に帰国したそうだ。
ベトナムのこんな田舎にかつて日本人の住んでいた町があり、成り行きとはいうもののこうして日本人である僕が今こうしてここにいることに、ちょっと不思議な気がした。
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